大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)1954号 判決

大阪市淀川区宮原三丁目五番二四号

上告人

株式会社コニック

右代表者代表取締役

大川雄史

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

辻川正人

東風龍明

片桐浩二

久世勝之

岩坪哲

神奈川県伊勢原市石田二〇〇番地

被上告人

株式会社アマダ

右代表者代表取締役

天田満明

右訴訟代理人弁護士

長谷川純

右当事者間の東京高等裁判所平成二年(ネ)第三一三〇号損害賠償請求事件について、同裁判所が平成三年八月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村林隆一、同松本司、同今中利昭、同吉村洋、同浦田和栄、同辻川正人、同東風龍明、同片桐浩二、同久世勝之、同岩坪哲の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 三好達)

(平成三年(オ)第一九五四号 上告人 株式会社コニック)

上告代理人村林隆一、同松本司、同今中利昭、同吉村洋、同浦田和栄、同辻川正人、同東風龍明、同片桐浩二、同久世勝之、同岩坪哲の上告理由

第一 原判決は次の事実を認定している。

一 上告人の本件考案の構成要件。

(一) ダイ3に備えたダイ孔と係脱自在のパンチチップ15を下端部に固定したパンチボデー1を板押え5内に摺動自在に嵌合して設けるとともに、

(二) 板押え5から突出したパンチボデー1の上端部と板押え5との間にスプリング11を弾装して設け

(三) パンチチップ15を板押え5の下端部にて摺動自在に囲繞支持するとともに

(四) パンチチップ15の周囲に設けた適数の溝17に、該溝17と前記板押え5の下端部内周面との間において摺動自在に案内され、かつパンチチップ15の下面より下端部が突出自在のパンチヒール19を係合して設け、

(五) 前記パンチチップ15による打ち抜き加工時に、板押え5とダイ3により加工材Wを挟圧固定するするとともに

(六) 少なくとも一つのパンチヒール19がパンチチップ15に先行してダイ3と係合し、

(七) 抜き打ち加工時における側圧をダイ3により受けるために、前記パンチヒール19の下端部をパンチチップ15の下端部より突出して設け、

(八) パンチチップ15と複数のパンチヒール19とを含む断面形状をダイ3のダイ孔の形状とほぼ同一寸法の形状に形成して設けたことを特徴とする

(九) ニプリング金型機構

二 本件考案の作用効果

本件考案は、抜き打ち加工時に、抜き打ちによる剪断部分を境として生じる傾向にある材料の流れを極力抑えることができるとともに、抜打部の縁に発生するだれの半径を小さくでき、精度の高い抜き打ち加工ができる。また、抜き打ち加工時には、パンチチップ及びパンチヒールは板押えの下端部によって案内されるものであるから、正確な抜き打ち加工ができるとともにパンチヒールがパンチチップの溝から離脱するように折れ曲がることを阻止することができる。さらに、パンチチップ等による抜き打ち加工に先立って、少なくとも一つのパンチヒールがダイに係合し、抜き打ち加工時にパンチチップに作用する側圧をダイで受けるので、パンチチップが曲げられる傾向にあるのを阻止することができ、パンチチップの曲がりによるダイとの干渉を防止し、右干渉によるパンチチップ等の破損を防止できる作用効果がある。

三 出願前公知技術

1 本件考案の実用新案登録前に頒布された外国刊行物(ユニパンチプロダクト社のカタログ-乙第弐号証乃至第四号証-以下「ユニパンチカタログ」という。)には次の記載がある。

2 「ユニプレス二五〇 ずれ防止コンビネーションホール、ニプリングパンチとダイ」の表題のもとに、「パンチチップに組み込まれた一つまたはそれ以上のバネ加重された挿入片が加工物によりカバーされないダイ開口部に入り込み、パンチとダイを整序する。七/八インチ角穴のパンチング時には、四つの挿入片すべてはパンチ底面と同一平面である。」。なお、乙第参、第四号証ユニパンチカタログには、同カタログ掲載の金型はノッチング、ニプリング及びパンチングの各機能を有すること並びに四つのバネ加重された挿入片の一つまたはそれ以上がパンチチップに組み込まれ、ダイ中で常にパンチとダイを整序し、パンチのずれを防止するとの記載が付加されている。そして、ユニパンチカタログに掲載された写真を図示すると原判決別紙図面(三)の記載のとおりとなる。

第二 上告理由

一 第壱点、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある(新規性欠如-全部公知-実用新案法第弐拾六条、特許法第七拾条、第弐拾九条第壱項第参号違反)。

(一) 原判決は、ユニパンチカタログ記載考案は本件考案の構成要件(一)及び(三)において相違するから、本件考案は出願前全部公知の考案ではないとする。

1 構成要件(三)について〔原判決理由二、3(18丁裏~19丁表)〕

(1) 本件考案の構成

構成要件(一)及び(三)の記載より、本件考案はパンチボデー1全体が板押え5と摺動自在に嵌合するのに対し、その下端部に固着(固定)されたパンチチップ15はその下端部では板押え5内に摺動自在に嵌合(囲繞支持)されているが、その上端部では板押え5内に摺動自在に嵌合(囲繞支持)されていない構成であると認められる。

(2) ユニパンチカタログの金型の構成

ユニパンチ金型においては、パンチチップ15に相当する部材115の全体が板押え5に相当する部材105に摺動自在に嵌合している。

(3) つまり、本件考案のパンチチップ15は上端部では下端部と異なり板押え5内に摺動自在に嵌合(囲繞支持)されていないのに対し、ユニパンチ金型は部材115が全体で(換言すれば上端部でも)部材105に摺動自在に嵌合しているという相違があると認定するのである。

2 構成要件(一)について〔原判決理由二、4(19丁裏~23丁裏2行目)〕。

(1) 本件考案の構成

「明細書の記載(実施例の記載)およびパンチヒール19の有する打抜き機能、パンチチップ15の曲がりによるだれ防止機能等の観点から」

〈1〉 「本件考案におけるパンチボデー1」とは、

ⅰ その外側が板押え5に摺動自在に嵌合するとともに、

ⅱ その内部にパンチチップ15に保持されたパンチヒール19の頭部19とスプリング25とを挿入保持するもので、

ⅲ その上端部は別部材であるパンチヘッド7の蝶着部を、その下端部は別部材であるパンチチップ15の固着部をそれぞれ構成するもの

であるとする。

〈2〉 尚、「本件考案のパンチチップ15は、」

ⅰ その上端部をパンチボデー1への固着部とし、

ⅱ その上端部でパンチヒール19を保持し、

ⅲ 板押え5の下端部で摺動自在に囲繞支持されている。

ⅳ パンチヒール19の下端部を含む周囲をダイ3のダイ孔と同じ断面形状としている。

(2) ユニパンチカタログの金型の構成

これに対し、ユニパンチ金型においては、ユニパンチカタログの記載から、

〈1〉 ユニパンチ金型の部材101(本件考案のパンチボデー1に相当)と部材115(本件考案のパンチチップ15に相当)は別部材とは認められない。

すなわち、右カタログの記載(ⅰ 本件考案のパンチヒール19に相当する四個の挿入片119がパンチチップに組み込まれていること、ⅱ 右挿入片はバネ加重されていること、ⅲ 右挿入片は加工物によりカバーされないダイ開口部に入り込み、パンチとダイを整序する機能を果たすこと)および別紙図面(三)から部材115がパンチチップの構成部分であり、右カタログ写真には部材101と部材115の間に細線があることを認定しながら、他方で、右細線は文字どおり細い線であるから、右各部材が別部材か同一部材か右写真からは判然としないこと、及び、別部材とした場合の両者の連結固定手段も明らかではないことを理由として前記の結論を導く。

〈2〉 そして、仮に部材101と部材115とが別部材であつたとしても、

ⅰ 部材101の内部に挿入片119やこれをバネ加重するためのスプリングを挿入保持しているものと推認することは困難であること、

ⅱ 部材101、115及び119の全体のための嵌合支持機能は部材115が果たしているものであり、部材101の果たす役割は僅かなものであること。

(3) 結局、

〈1〉 本件考案のパンチボデー1は、

ⅰ 外側が板押え5に摺動自在の嵌合嵌合支持機能

ⅱ 内側にパンチヒール19の頭部19とスプリング25を挿入保持する

ⅲ 上端部はパンチヘッド7の蝶着部を、下端部はパンチチップ15の固着部をそれぞれ構成する。

〈2〉 ユニパンチ金型の部材101は、仮に部材115と別部材としても、右ⅲの構成、機能しかなく、他のⅰ、ⅱの構成、機能は部材115が果たしている(部材115はそのほか本件考案のパンチチップ15の機能も果たしている。「換言すれば、ユニパンチ金型においては部材115が本件考案におけるパンチチップ15とパンチボデー1の両機能を兼有している。」)

〈3〉 つまり、ユニパンチ金型の部材101は本件考案のパンチボデー1の構成、機能を異にする。

したがって、「ユニパンチ金型の部材101を本件考案のパンチボデー1と同視することはできない。」から、ユニパンチ金型は本件考案の構成要件(一)を欠く。

3 右のとおり、原判決は、ユニパンチ金型は、本件考案の構成要件(一)および(三)を備えないとの理由により、本件考案は出願前全部公知であるとは言えないと判示した。

(二) 公知技術と技術的範囲の解釈について。

1 然しながら、右は、特許・実用新案制度の本旨ついての理解を誤り、いたずらに公知技術と本件考案との構成上の微差に拘泥して本件考案の技術的範囲の解釈を誤った違法がある。

即ち、元来、特許権並びに実用新案権(以下、両者を一括して「特許権」という。)は、新規な発明・考案(以下、両者を一括して「発明」という。)をした者が、その発明を公開することによって社会に寄与することの代償として、一定期間当該技術に対して独占権が付与されるものである。

そうであれば、従来から存した技術を特許出願し、審査の過誤によってたとえ登録されたとしても、かかる発明は何ら社会に寄与するものではないから、その特許権は寄与の代償としての独占権を与えられるべきものではない。

つまり、発明公開による社会的寄与こそが、当該技術の独占権の正当化根拠と言いうるのである。

また、かかる特許権に独占権を付与し、その行使を認めれば、本来、万人にとって、自由であるべき公知技術の使用を不当に制限することになり、その結果として、技術の進歩を著しく阻害する悪弊がもたらされることになる。

したがって、公開されたところで何ら社会的寄与がなされず、また、自由に使用されるべき技術の独占を認める結果を招来する新規性欠如の瑕疵ある特許権は、その存繞・行使を認められるべきでない。

2 ところで、特許権の設定付与、消滅、権利実現に関して特許庁における審判と裁判所における訴訟との二元制度をとる我が国の特許制度の下において、侵害裁判所は、かかる新規性欠如の点に関して審理・判断しうるのかという問題がある。

確かに、形式的・杓子定規に特許法を解する限り、新規性は特許庁の権限において審理すべきことであるようにも見うる。

然しながら、侵害訴訟において当該特許権が出願前全部公知であるという主張が被告からなされた場合でも、侵害裁判所は、訴訟を中止して、別途おこされる無効審判の無効審決が確定するのを待って審理・判決するほかは、たとえかように新規性欠如の瑕疵ある特許権でも、完全に有効なものとして審理・判決しなければならないとすれば、具体的正義に悖ることは明らかであり、また、さりとて、訴訟を中止するというのも、往々にして、審判手続に長年月の審理期間を要するという現状に鑑みれば、迅速且つ適正に法律紛争の解決を図ることを旨とする侵害裁判所としての使命を放擲することになる。

したがって、侵害裁判所といえども、新規性欠如の瑕疵がある特許権について特許無効の審決確定前において、特許権自体の無効判断まではなしえないとしても、その技術的範囲の広狭の解釈・認定等によって可及的に公知の技術を実施する者に対する独占権の行使を否定するかたちで公正・妥当に紛争解決ができなければならない。

3 そこで、かような場合に侵害裁判所は、当該特許権の技術的範囲を明細書に記載の字義どおりのもの、あるいは、実施例どおりのものとして限定的に解釈・認定することによって公知技術の実施者を特許権侵害の汚名から免れしめるべきである。

そして、かかる法理は、これまでも実践的要求に裏打ちされて、裁判実務上も採用せられてきたものである。

因みに、技術的範囲の解釈に際して公知技術を参酌し、特許請求の範囲の文理より限定して解釈すべきというのは、次のとおり最高裁の先例として確定しているところである。

(1) 最判昭和参拾七年壱拾弐月七日(民集拾六巻拾弐号弐参弐壱頁・壱参弐四頁)

「いかなる発明に対して特許権が与えられたかを勘案するに際しては、その当時の技術水準を考えざるを得ないのである。けだし、特許権が新規な工業的発明に対して与えられるものである以上、その当時において公知であった部分は新規な発明とはいえないからである。」(結局、特許請求の範囲の文言を限定的に解釈して権利者の主張を認めなかった。)

(2) 最判昭和参拾九年八月四日(民集拾八巻七号壱参壱九頁・壱参弐壱頁)

「また、出願当時すでに公知、公用にかかる考案を含む実用新案について、その権利範囲を確定するにあたっては、右公知、公用の部分を除外して新規な考案の趣旨を明らかにすべきである。」(明細書から弐つの要件を援用して構成要件とし、権利範囲を限定することによって権利者の主張を認めなかった。)

4 右最高裁判例からして、公知、公用部分を除外して技術的範囲を決しなければならないことは特許権の技術的範囲を決定する為の基本的な原則であり、仮りに右の主張が採用されないならば、結局、全部公知の考案は、その権利範囲が確定不能であることをもって請求が退けられねばならないことになる。そしてまた、それがいれられないとしても、元来、公知の技術は万人共有の財産であって、何人も自由に実施できて然るべきものであるから、公知技術の実施であることのみでもって、特許権の技術的範囲の属否の判断をなすまでもなく、特許権侵害は否定されるべきである。

いずれにせよ、侵害裁判所といえども、当該特許権が公知の技術を内容とするものか否か・即ち新規性の有無は、技術的範囲の確定において、あるいは請求の当否の判断において欠くことのできないものとして、その審理の対象とされねばならない。

5 さて、そこで、これを判断する際、先に述べたとおり、技術独占権たる特許権の正当化根拠、あるいは、本来、何人も自由に実施できて然るべき公知技術の属性の観点から、当該発明の社会に対する寄与度、あるいは、当該特許権の行使を認容することによってどれほど公知技術の実施を阻害する結果を招来することになるかが検討されねばならない。

(三) 原判決の違法性について。

1 本件原判決は、公知資料として上告人が提出したユニパンチカタログ記載の技術であるユニパンチ金型は、先述したとおり、本件考案の構成要件(一)、(三)を欠くとの理由で全部公知ではないと判断している。

2 然しながら、

(1) 右(三)についての判断は、パンチチップ15はその下端部では板押え5内に摺動自在に嵌合されているが、その上端部では板押え5内に摺動自在に嵌合されていない構成とされているとその考案の内容を理解しているが、パンチチップ15は一つの物体であるから、下端部が摺動自在であって上端部が摺動自在でないということは全く経験則に反する。

(2) 右(一)のユニパンチ金型においては、本件考案のパンチボデー1に相当する部材101とパンチチップ15に相当する部材115が別部材と判断するが、この根拠は、ユニパンチカタログの写真に写る細線は文字どおり細い線であるから、右各部材が別部材か同一部材か右写真からは判然としないこと、及び、ユニパンチ金型のパンチチップ下端面には小さな孔が看取されるが、右孔の径は小さくこれが両部材の連結固定手段をなすとは認めがたいゆえ別部材ともた場合の両者の連結固定手段も明らかではないことである。

つまり、右別部材とする根拠は、右細線が何か不明であるが「細い線」だから、右の孔が何か不明であるが「径の小さな」孔であるから連結固定手段とはいえないとの独断を根拠としているものである(どのような太さの線で、どのような大きさの孔であればよかったのか。)。

右は全く経験則に反する。

3 仮りに一歩譲るとしても、右は極めて微細な差異を取り上げて、両技術は異なるものであるとの帰結を導いているものであって、これは公知技術を斟酌して技術的範囲を確定することの趣旨を正確に捉えていないものと考えざるを得ない。

即ち、公知技術と本件考案との比較といっても、それは、言うまでもなく公知資料に記載されている、言わば実施例としての特定技術それ自体と本件考案との比較ではなく、公知資料が開示している技術的思想との比較でなければならない。

けだし、当該公知資料の刊行によって、社会に開示されたのは、それに記載されている実施物のみに止まらず、そこに使われている特定の技術的思想の全体であるからである。そうであれば、その特定の技術的思想は既に社会共有の財産として存在しているものであって、これを新たに特許あるいは実用新案出願したとしても、社会に対して、何ら新しい技術的思想を開示したことにはならなず、したがってまた、そこには、何らの社会的な寄与も存しないのである。

それ故、かかる発明・考案は独占権の正当化根拠を持ち得ないものと言わざるを得ない。

したがって、技術的範囲の確定に際して公知資料を参酌する場合、そこに如何なる技術的思想が開示されているかが検討されるべきであって、公知資料に記された実施物それ自体との比較のみでは足りない。

即ち、右実施物と本件考案とが微細な点まですべて一致しなければならない必然性はなく、あくまで、技術的思想としての同一性が検討されなければならない。

4 ところで、原判決は、先にも見たとおり、まず、

(1) 構成要件(三)については、本件考案のパンチチップ15の下端部においてのみ板押え5に摺動自在に嵌合しているのに対し、ユニパンチ金型においてはパンチチップ115の全体が板押え5に摺動自在に嵌合している故に構成が異なるとする。

(2) 次に、構成要件(一)については、コニパンチ金型では、部材115と部材101が別部材とはされていないこと、仮に別部材としても、部材101は、その内部に挿入片119の頭部(本件考案のパンチヒールの頭部19相当)やスプリング125(本件考案のスプリング25に相当)を保持せず、また、板押え105との摺動部分が少ないため、摺動自在の嵌合嵌合支持機能も有しないから、右の構成を有する本件考案のパンチボデー1とは同視できないとする。

5 然しながら、ユニパンチカタログにおいて開示されている技術的思想は、ニプリングパンチの雄型がパンチングの際に加工物によって側圧を受ける結果、雌型であるダイに干渉したり、加工物の抜き打ち部分に生じる「だれ」の発生を可及的に防止する等のために、雄型内にバネ加重された一つまたはそれ以上の挿入片を組み込み、パンチングに際しては、加工物の存しない部分で、雄型が加工物に接触するに先立って挿入片が雌型であるダイと係合し、これが加工物によって生じる側圧に対する抗力を生ぜしめ、よって右目的を達成せんとしたものである。

そして、かかる技術的思想こそが、ニプリングパンチ技術において画期的なものであったのである。このことは、ユニパンチ金型以前の技術水準が、右雄型内にバネ加重された一つまたはそれ以上の挿入片(パンチヒール19)を組み込む技術を除いては既にニプリングパンチ技術として一般化していたことからしても明らかであり、さらに、本件考案の明細書においても、右構成をとることがその構成を持たない従来技術に比べて、如何に新規性・進歩性があるかを縷々、説明し、強調して書かれているかをみても明らかである。

つまり、右の作用効果を奏するための構成として、従来技術の金型に加えて、バネ加重されたパンチヒール19をパンチチップ15の周囲の溝に設け、打ち抜き加工時に、少なくとも一つのパンチヒール19がパンチチップ15に先行してダイ3と係合し、加工時における側圧をダイ3により受けるために、パンチヒール19の下端部をパンチチップ15の下端部より突出して設け、パンチチップ15と複数のパンチヒール19とを含む断面形状をダイ3のダイ孔の形状とほぼ同一寸法の形状に形成して設けたたのである。

換言すれば、本件考案の構成要件(四)(六)(七)(八)が本件考案の要部である。

6 これに対し、原判決がユニパンチ金型との相違を認定した構成要件(一)および(三)、即ち、「パンチボデー1とパンチチップ15を別部材とすること、また、パンチボデー1には、外側が板押え5に摺動自在の嵌合嵌合支持機能、内側にパンチヒール19の頭部19とスプリング25を挿入保持すること、上端部はパンチヘッド7の蝶着部を、下端部はパンチチップ15の固着部をそれぞれ構成すること」および「パンチチップ15の板押え5内に摺動自在に嵌合(囲繞支持)されている部位」は本件考案が従来技術の問題点を克服し、達成した作用効果とは関係しない構成である。

このことは、本件公報に右構成を採用することで奏する作用効果の記載が一切ないことからも裏付けられるものである。

7(1) ところで、本件考案の実施例において、パンチボデー1とパンチチップ15が別部材とされているのは、加工材を打ち抜く際、加工材に当接するパンチチップ15に硬い金属を使用するためであり、また、ニプリング金型の製造工程において、パンチチップ15とパンチボデー1の内部にパンチヒール19をバネ25とともに組み込み易くするためである。

(2) そして、パンチヒール19の頭部19とバネ25の組み込み位置は、一体となるパンチチップ15とパンチボデー1の内部のどこを選択してもよいのである。

だからこそ、原判決も言うように「本件考案の登録請求の範囲の記載自体からは、パンチチップ1とパンチヒール19の構成上の関連は明らかではない」のである。

(3) ましてや、パンチヒール19の頭部19、スプリング25は、本件考案の登録請求の範囲の記載にはなく、さらに、それがパンチチップ15とパンチボデー1のうち、どの部分で保持されているかは記載されていないのである。また、パンチチップ15とパンチボデー1の大きさ長さの限定はない。

(4) 原判決が本件考案の構成要件(一)の構成、即ち、パンチボデー1の構成、機能と認定〔原判決理由二、4.(一)〕したものは、本件公報の実施例の記載および実施例の図面たる第1図に基づく、本件考案の一実施例のパンチボデー1の構成にすぎないのである。

(5) 従って、パンチヒール19の頭部19、スプリング25はパンチチップ15の内部で保持されてもよく、パンチチップ15の外側が板押え5に摺動自在の嵌合嵌合支持機能を有していてもよいのである。

原判決はユニパンチ金型の「部材115が本件考案におけるパンチチップ15とパンチボデー1の両機能を兼有している。」と認定するが、これは正に、ユニパンチ金型の構成が本件考案の構成要件(一)、(三)を開示していると認定したことに等しいのである。

8 したがって、ユニパンチカタログにおいて開示された技術的思想は、ニプリングパンチの雄型内にバネ加重された一つまたはそれ以上の挿入片を組み込む構成をとることにその要旨があり、本件考案もかかる構成をとることを強調するが故に新規性・進歩性ありとして登録されたものであることからすれば、この点において既にユニパンチカタログによって技術の開示がなされている以上、何らの社会的寄与はみられず、出願前公知の技術的思想をそのまま使用した考案として、その技術的範囲は実施例に限定して解釈されるべきである。

9 敷衍すれば、本件考案は、パンチボデーとパンチチップの形状をユニパンチカタログ記載の技術的思想の実施物たるユニパンチ金型に比して寸法的に多少相違があり、その結果、前記構成要件(一)及び(三)において差異が認められるとしても、考案の要旨として、ユニパンチカタログ記載の技術的思想を用いることの作用効果以上に、何ら特段に記すべき、右構成の差異による固有の作用効果を奏さず、当業者にとって何ら創作性のない瑣末な部分における構造上の微差にすぎないものであるから、結局、雄型においてパンチチップ自体に挿入片やスプリングを組み込まれている以上、パンチチップ自体に組み込まれていようが、パンチチップ部材が小さいが故にその上端部に固着されたパンチボデーに渡って組み込まれようが、当業者にとっては、まさに設計上の微差の域を出ず、両者は同一の技術的思想の下に実施された実施例に他ならない。また、これと同じく、パンチチップの全体が板押えと嵌合されていようが、パンチチップの下端部でのみ嵌合されてようが、これまた当業者にとっては同一の技術的思想の実施例でしかない。

10 そうであるなら、本件考案は出願前全部公知の考案であるから、その技術的範囲は実施例に限定されるべきものであり、原審以来、上告人の主張するとおり、それと構造を異にする上告人製品はいずれも本件考案の技術的範囲に属さないものである。

11 また、しからざるとも、本件考案は、公知技術を除外して技術的範囲を確定しようとすれば、内容空虚なものになってしまい、結局のところ技術的範囲の確定が不能であって、上告人製品との技術的範囲の属否判断ができず、本訴請求は棄却されるべきである。

12 さらに、上告人製品は、ユニパンチカタログ記載の公知技術を実施するものに他ならないから、本件考案の技術的範囲の属否を審理するまでもなく、本訴請求は棄却されるべきである。

13 しかるに、原判決は、いたずらに公知資料であるユニパンチカタログ記載の技術的思想の実施物でしかないユニパンチ金型の構成に拘泥して、技術的思想としての公知技術との対比検討を看過し、これにより本件考案の技術的範囲を不当に広範に解釈認定した違法があり、これが判決の結論に影響を及ぼすことは必定である。

二 第弐点、原判決には判決に及ぼすこと明らかな法令違反がある。-準全部公知-(実用新案法第弐拾六条、特許法第七拾条、第弐拾九条第壱項第参号違反)

(一) 仮に、ユニパンチカタログに記載の考案(ユニパンチ金型)が、本件考案の構成要件(一)及び(三)において厳密には充足関係が認められないとしても、その相違は、当業者において極めて容易に本件考案を想到しうるものであることが明らかであるから、厳密な意味で全部公知とは言えないまでも、それに準じて本件考案の技術的範囲を限定して解さなければならない。

(二) かかる法理は、次のとおり、既に下級審の裁判例において採用されているものである。

即ち、公知技術として当該発明の構成要件をすべて具備するものはないがその一部を備えるものは存したという場合で、かつ、それを組み合わせることについて当業者が容易に想到し得るという事案において、次のような判断がなされている。

1 大阪高等裁判所昭和六拾年(ネ)第壱弐〇七号、同六拾参年参月参拾日判決(最高裁判所昭和六拾参年(オ)第八九四号、平成弐年四月弐拾日判決、工業所有権関係判決速報壱八五号五弐弐八)

『以上、本件発明の構成要件は、その全てが本件原出願前に公知であったと認めることができるけれども、その全てが一つの公知文献中に一体として開示されているわけではない。しかし、さきに認定した本件発明の明細書及び図面の記載には、必須要件とはされていない補助部材の熔接の点を除けば、既設下枠が鋼製であることによる、技術的意味、作用効果の記載があるわけではなく、また、被控訴人の昭和四七年四月一八日出願にかかる「既設の旧窓枠に換装されるべき新窓枠を取付ける装置」に関する昭和五六年特許第一〇五五一〇六号公報によれば、そこでは(もとよりそこでの実施例の下枠取付装置は本件発明のそれとは構成を異にするものではあるけれども)、被控訴人自身、「上記実施例はいずれも、旧窓枠が鉄製で、新下枠がアルミニウム製の場合であったが、旧窓枠が木製であっても、前述例と同様に実施できることは、当業者ならば知得できるであろう。」(同第八欄六ないし九行目)としていることが当裁判所に顕著であり、被控訴人は、従前から材質に差異のある両者を実質同じものとして扱っているものと推認されるのであって、これらの点を合せて考えれば、乙第六五号証に開示された改装窓枠の下枠構造を周知慣用の鋼製既設窓枠に転用することは当業者であれば当然になしうる程度のことであると認めることができるから、このような場合には、その構成要件の全てが一つの公知文献中に一体として開示されている場合と同様に解するのが相当である。

そして、その構成要件の全てが公知である場合には、その発明は本来特許の登録を受けることができないものであるけれども、本件発明について特許権が権利として成立している以上、実質的にその登録を無効のものとして取扱うことはできないから、その技術的範囲を本件特許公報に記載されている字義どおりの内容をもつものとして最も狭く、すなわち、その明細書及び図面に実施例に記載されたものを要旨と解するのが相当である。』

2 東京地判昭和五拾六年五月拾八日(別冊特許管理昭和五六年度東京地方裁判所判例集一五四頁-包装容器事件-)

「本件フランス特許発明においてその底部閉鎖部の構成要素の形状、相互関係の構成をミルクディーラー記載の容器の底部の構成とすること、すなわち、本件フランス特許発明の前記(四)の(イ)(ハ)(ニ)を除くその余の構成とミルクディーラー記載の容器の底部の構成とを組み合わせることによって、両構成が本来有する作用効果の総和以上の予期しない新たな作用効果(組み合わせること自体による格別の作用効果)を生ずるものとは認められず、・・・・フランス特許発明の構成とミルクディーラー記載の容器の底部の構成とを組み合わせることは当業技術者であれば極めて容易になし得るものであることが極めて明白である・・・すなわち、本件考案は、公知技術の単なる寄せ集めにすぎないことが極めて明白である・・・。しからば、本件訴訟においては、本件実用新案権が一応有効に存在したものとして扱わなければならないとしても、本件考案の技術的範囲の確定に当たっては、本件考案の構成要件のすべてを同時に具備したものが実用新案登録出願前に公知のものとなっていて、その実用新案登録が実用新案法第三条第一項第三号の規定に違反してなされたものとして同法第参拾七条第一項第一号所定の無効原因を有する場合に準じ・・・、本件登録請求の範囲の記載ないし本件考案の構成要件の文言を字義どおり厳格に解釈し、このように限定されたものとして本件考案の技術的範囲を定めなければならない。」

(三)1 このように、単一の公知技術として当該発明の構成要件をすべて満たす文献が存しない場合でも、当業者において、複数の公知技術から極めて容易に思い付く程度の発明であることが明らかな場合においては、全部公知の発明・考案の場合の取扱いに準じて、その技術的範囲を実施例に限定して解するのが相当である(いわゆる、準全部公知)。

仮に、準全部公知の場合に、かかる限定解釈がいれられなくとも、先述の全部公知の場合と同じく、公知部分を除外して権利範囲を確定すべしとする前記最高裁判例から、その確定が不能であるとして、また、上告人製品が公知技術の実施であるとして請求は棄却されるべきである。

2 けだし、単一の公知技術をそのままクレーム化した発明・考案も、複数の公知技術を組み合わせて、しかもその組み合わせることについて特段の創作性がない技術をクレーム化した発明・考案も、既に、社会に存する技術の他に、何ら新に社会に技術開示するところがなく、社会に寄与しないものであるという点において変わるところはないからである。

加えて、かかる発明・考案に独占権を付与すると、本来、何人も自由に実施できるはずの公知技術を特定の者のみの固有財産とすることになり、特許制度が意図する技術の発展を阻害するという点においても全部公知の場合と差異がない。

更に、進歩性全般の審査とは異なり、かかる限度において侵害裁判所は審理・判断する能力は存すると解される。

3 そして、何より、たまたまクレーム化された発明・考案が、単一の公知技術だけからなるか、複数の公知技術にわたるかという事実の相違だけで、常識的に考えて、当業者なら極めて容易に思い至ることが明白であるという技術に過ぎないにもかかわらず、前者の場合は侵害裁判所も技術的範囲を限定解釈その他の方法でイ号製品の非侵害の結論を導き、他方、後者の場合は、技術的範囲を文理どおりのものとして侵害の結論も止むなし、とするのは如何にも実体を無視した不均衡な処理であって、具体的正義に悖る。これでは、特許庁との権限分担の名のもとに、真に社会に技術公開して寄与したものだけに独占権を付与すべきとする特許法秩序の紊乱状態を、裁判所が追認、擁護することになり、公権的に権利または法律関係の解釈認定を行い、もって法律紛争の迅速、適正な解決をはかるべき司法府の任務を放棄することになる。

4 したがって、準全部公知の場合も全部公知と同様に審理・判断されるべきである。

(四)1 そこで、本件考案について見るに、公知技術たるユニパンチ金型との構造上の相違として原判決が指摘するところは、

まず、ユニパンチ金型ではパンチチップ115の全体が板押え5に摺動自在に嵌合しているのに対し、本件考案においてはパンチチップ15の下端部においてのみ板押え5に摺動自在に嵌合している点で構成要件(三)について異にし、

次に、構成要件(一)に関して、ユニパンチ金型はパンチチップ115の大きさや、パンチボデ1101の形状からして、パンチボデー101の中に挿入片やスプリング挿入保持して組み込まれているとは見れず、また板押え105との摺動部分もパンチチップ115に比して少ないため、ユニパンチ金型には、構成要件(一)に言うところの「パンチボデー1」即ち、その外側が板押え5と摺動自在に嵌合し、内部に挿入片やスプリング挿入保持して組み込まれているべき「パンチボデー1」が存しないとする点である。

2 しかしながら、そもそも、ニプサングパンチを始めとするプレス加工技術について、加工材を打ち抜くために、価格的に割高な硬質鋼を節約し、また、使用によって刃こぼれ等が生じた場合に交換しやすいように雄型を本体部であるパンチボデーと先端の打ち抜き部であるパンチチップとを別部材とすることや、それをネジで固着して雄型として一体化させる技術自体、当業者なら極めて容易に想到することができるものであり、そのうえ、雄型全体に対する、パンチチップとパンチボデーの寸法比率を変えることによって原判決指摘の右構成上の差異を生ぜしめることも、これまた当業者なら容易に想到することができるものであることは極めて明白である。

3 そしてまた、かかる技術構成と、これまた公知技術であって本件考案の要旨である雄型部に挿入片とスプリングを組み込む技術構成とを組み合わせることによっても、両構成が本来有する作用効果の総和以上の予期しない新たな作用効果(組み合わせること自体による格別の作用効果)を生ずるものとは認められず、右両構成を組み合わせることは当業技術者であれば極めて容易になし得るものであることが極めて明白である。

4 そうすると、結局、本件考案は、公知技術の単なる寄せ集めにすぎないことが極めて明白である、いわゆる準全部公知の場合に該当するものであり、新規性あるいは進歩性欠如の瑕疵ある考案であって、その技術的範囲は、実施例に限定して解されるべきである。

5 したがって、本件考案の実施例を構成を異にする上告人製品は本件考案の技術的範囲に属さない。

また、しからざるとも、前記最高裁判例によるかぎり、公知部分を除外して技術的範囲を確定しようとしても、結局、内容空虚なものとなって技術的範囲の確定は不能に帰し、属否判断はなしえないものであり、また、上告人製品は公知技術の実施に他ならないから、属否の判断をするまでもなく、本訴請求は棄却されるべきである。

6 よって、原判決は、かかる観点からしても前記法令の解釈を誤り、不当に技術的範囲を広範に認定して、上告人製品が本件考案の技術的範囲に属するとの結論を導いているものであって、判決に影響を及ぼすべき違法が存すること明らかである。

三 第三点、原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令違背がある(民法第壱条第参項違背)。

(一) 右にみたとおり、本件考案は、全部公知さもなくば、少なくととも準全部公知の考案であるから、特許・実用新案法秩序の下においては、その存続が許されず、審判手続によって無効とされるべき実用新案権である。

したがって、その行使によって、公知の技術を実施する者に対して独占権を主張することは、権利の濫用にあたり、その権利行使は排除されるべきである。

(二) さらに、本件考案は、右にとどまらず、もともと被上告人の関連会社である株式会社アマダツールが、ユニパンチ社と業務提携を結んでおり、これにより被上告人もユニパンチ金型やユニパンチカタログ記載の技術的思想が既に公知技術であることを知悉していたにもかかわらず、被上告人が、実用新案登録したものである。

かかる事情に鑑みれば、本件は、権利の濫用であり、本訴請求は棄却されるべきものであると言わざるを得ない。

(三) しかるに、原判決はかかる点の判断を遺脱した違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

四 よって原判決は破棄されるべきものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例